もし尖閣を取られたら日本は諦めるべきか?――「勇ましいネット世論」が国を滅ぼすメカニズム


尖閣諸島情勢をめぐり、ネット上のニュースコメント欄(ヤフコメなど)を見れば、「断固戦え」「自衛隊を出して奪還せよ」といった勇ましい意見で溢れかえっています。

しかし、冷静に現状を見つめたとき、ある一つの残酷な問いが浮かび上がります。

「もし本当に中国に奪われたら、日本は諦めるしかないのではないか?」

なぜなら、中国の軍事力・国力は今や日本を遥かに凌駕しており、まともに戦えば日本が「焼け野原」になるリスクがあるからです。今回は、感情論を排し、現代の安全保障と「世論の暴走」という観点から、この不都合な真実について考えてみます。

1. 圧倒的な国力差と「全面戦争」のリスク

まず直視すべきは、日中の基礎体力の差です。

もし尖閣諸島で衝突が起き、自衛隊が奪還に動けば、それは局地戦では済まされず、必然的に中国との「全面戦争」に発展する恐れがあります。メンツや過去の恨みを持つ中国が本気になれば、格下たる日本は単独で勝ち目がないのは火を見るよりも明らかです。

「平時は強気で牽制し、いざとなったら妥協して被害を最小限にする」

これが本来、国民の生命を守るための冷静な「政府の裏プラン」であるべきかもしれません。しかし、現実にはそれが許されない構造的な欠陥が民主主義国家には存在します。

2. 「観衆費用(オーディエンス・コスト)」という罠

なぜ政府は「負ける戦い」を避けられないのか。そこに働くのが「観衆費用(Audience Costs)」という政治学の概念です。

政府が「尖閣は日本の領土であり断固守る」と宣言すればするほど、実際に有事になった際、引くに引けなくなります。もしそこで妥協や譲歩を行えば、国民から「嘘つき」「弱腰」「売国奴」と罵られ、政権が転覆してしまうからです。

中国側も同様に、「日本に弱腰を見せれば国内で反政府デモが起きる」という事情を抱えています。

つまり、日中双方の指導者が「戦争は避けたい」と本音では思っていても、それぞれの国民の手前、チキンレースを降りることができず、破滅的な衝突へと突っ込んでしまう構造があるのです。

3. ネット世論と現実のデモが「退路」を断つ

私が最も恐れているのは、有事の際に発生するであろう大規模な「中国と戦え!」という国民デモです。

ネット上の勇ましいコメントは、有事には現実のシュプレヒコールへと変わります。

かつて日露戦争後、講和条約(ポーツマス条約)の内容に不満を持った国民が暴徒化した「日比谷焼打事件」のように、沸騰した世論は冷静な政治判断を許しません。

「今すぐ戦って奪還しろ!」という世論の熱狂は、政府に対し「交渉による解決」という選択肢を捨てさせ、国を焼け野原コースへと固定する「最大の拘束具」となり得ます。

4. 結論:敵は外にも内にもいる

「少しの屈辱に耐え、妥協すること」を知らずに戦いを挑むことは、過去の戦争の過ちを繰り返すことになりかねません。

しかし、現代の国際政治では「戦う気概」を見せなければ、抑止力が働かず、領土を少しずつ奪われる(サラミ戦術)リスクもあります。

「戦うポーズ」は見せなければならないが、実際に戦えば破滅する。そして、そのポーズを国民が真に受けて熱狂してしまえば、もう誰にも止められない。

日本政府に求められているのは、中国という強大な隣国との対峙だけでなく、「暴走しかねない自国のナショナリズム」をどうコントロールするかという、極めて困難な舵取りなのです。

勇ましいコメントを書き込む前に、一度立ち止まって考える必要があります。その熱狂こそが、日本を再び焦土にするトリガーになるかもしれない、と。


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